「2011年3月11日」は、日本国民にとって決して忘れられない日ではないだろうか?

東北地方を未曾有の天災級の大地震がやってくるとは、誰も知る由は、なかったと思う。

この東北地方太平洋沖地震で本当に怖いのは、地震による直接的な被害もそうだが、それよりも地震による津波の怖さだった。



私は、地震が起こった時、テレビでその様子を見ていたが、しばらくしてから起こった津波の凄さにもはや地震発生から津波が東北地方を襲うまでの間になすすべもないように感じた。

本当に、多くの人の命が亡くなり、人と人の絆や居場所さえも奪ったと思う。

現地にいなかった私が、言うのも非常に無責任だと思うが、震災後数日間のテレビに映される現地の様子は、もはや映画の特撮のような光景が当たり前だった。

私は、命の保証は、十分されていたが、テレビを見ながら生きている実感さえ感じられないほどだった。

その時、現地に居た人々の事を考えると、言葉も見つからない。

生き延びても、大切な人と離れ離れになった人やもう会うことすらできなくなった人の事を考えると、心が張り裂けそうなくらいだ。

 

だが、そんな東北大震災もたくさんの教訓を残してくれたと思う。

①原発依存の日本のエネルギー問題

出来れば、ふりだしに戻し、なかったことにしてほしいと思う福島原発だが、その後、日本は、急ピッチに原発依存からの脱却をめざし、新しいエネルギーの開発や国民一人一人のエネルギーを大切にしないといけないという意識の高まりに寄与したと思える。

 

②災害が起こる前からの食糧などの備蓄

何か起こる前に蓄えて、助けが来るまで、持ちこたえられる事が大事だと気付いたことだと思う。大規模な災害であればあるほど、助けが来ることが遅れてしまうことになるので、家ごとに蓄えが大切だと思うこと。

 

③地震が起こった時を想定しての訓練

天災レベルの地震が起こってしまったことで、あらゆる場面が具体例から想定され、それを元にした訓練が行われるようになったと思う。もともと、日本は、訓練を事前にしておく国ですが、訓練でも想定できない事態が起こりうると言うことを知れたことまた、想定できない事態を想定しやすくなったことは、いい意味で教訓だったと思います。

 

④人と人の絆の重要性

便利な都会に住めば住むほど、一人だけでなんでもできてしまうと思いますが、電気(エネルギー)が途絶えると便利なはずの都会も本当に何もできない寂しい場所なんだと思えます。そんな時、一緒にいてくれる大事な人がいてくれたらと思えると思います。人と人の絆は大事です。

 

私が思う「心が救われると思う名曲」

Mr.Children(ミスチル)の「かぞえうた」です。

歌詞は、著作権の関係上記載出来ませんが、この曲のピアノで演奏される曲調や一つ一つ幸せを見つけていこうという趣旨の歌詞は、今後の日本の希望すら感じます。

 

ただ、今回、大震災を語るような立場にないかもしれない私が1つだけ言いたいことは、

(「2011年3月11日」をきっかけとして「日本が」、「日本の国民一人一人」が上を向いて歩いていけるようになって欲しい!!)

と言うことです。

 

大それたことを言ってしまいもうしわけありません。

ちっぽけな一個人として強くそんなことを思い続けています。